本丸より (39)

 

 

The best that you can do

 

CBS

 

 

           

 

日はとうに沈み、冷たい風がビル風になって吹き付けて、
手袋を外した右手だけが氷のように冷たくなって来ていた。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーの周りは、
その巨大なツリーと一緒に写真に納まろうとポーズをとる人にカメラを向ける人の組み合わせでいっぱいになっていた。

毎年見ているけれども、毎年、違う木なのに、毎年同じに見える。
けれども、毎年ここに立っている自分はどうかと言えば、
決して同じでもなく、また、違うこともなく、どっちつかずのまま、時間は容赦なく過ぎて行って、そうして、また、町にはクリスマスソングが流れる。

今年はロックフェラーセンターのツリーの下からの生放送の仕事があった。
携帯を耳にあてて、聞こえて来るスタジオからの音楽をしばらく聞いていた。クリストファー・クロスの曲だ。

"When you get caught between the moon and New York City,
I know it's crazy,
but it's true...."

寒さの中で、ぽつんと一人立ち尽くし、その曲を終わりまで聞いた。
この曲は映画「ミスター・アーサー」に使われていた。
ダドリー・ムーアとライザ・ミネリのラブコメディで、映画はいつものようにハッピーエンドで終わり、パークアヴェニューの教会から北に向かって進むロールスをバックにこの曲が流れて映画は終わるのだった。

曲を聞きながら、そんなことを思いながら、高層ビルの谷間では携帯の電波状態が悪いことに気付いて、ツリーの周りをウロウロと歩いては、電波状態の安定している場所を見つけていた。

曲が終わり、コマーシャルが聞こえると急に現実に引き戻された。
特にマンハッタンのクリスマスツリーの下で耳にする日本のコマーシャルは、ずっと耳にしていなかっただけに、とても奇異な感じがしてしまう。それと同時に、自分の来た「ところ」を突然思い出させるものでもあったりする。
わたしが「来たところ」そして「帰るところ」。
それがどんなに苦痛であったとしても。

 

呼び掛けがあって、わたしは本当の「こころ」とは裏腹に声を2レベルくらい上げてとても元気に登場する。その瞬間だけ、なにもかも忘れてしまえるように。
誰もわたしの「こころの中の落胆」を気付かない。
それでいい。そうでなくては、いけないのだ。

 

放送を終えて、友人の待つ49丁目のDean and Deluca に急いで入る。

『カフェラテが冷えてしまったから、熱いのを買ってこようか?』

友人が寒そうに戻って来たわたしを見て言う。

「大丈夫。これでいいよ」

なぜ。
わたしの目の前にはわたしが一番いて欲しい人がいないのだろう。
そう思っては、優しい友人にすまないと思いながら、生温くなったカフェラテにブラウンシュガーをたっぷり入れて飲み干す。

いつだって、いつだって、そう。

まるで神様の悪戯のように。

それとも、神様の優しさなのかもしれないけれど。

愛おしさもせつなさも、交差することなく、宙を飛び交い、
そうして、二度と出会うこともない。

"Deep in his heart, he's just....
He's just a boy... "

 

     

 

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